成田に着いた

さきほど成田に到着。
結局、イスタンブールではブログをアップできなかった。ネットには繋がるが、IPアドレスやドメインで接続がブロックされていたり、ルータなのかプロバイ ダなのか分からないが、ボートブロックされているらしく、ブログのコンパネにアクセスできず、またBIGLOBEアカウントのメールの送信が出来なかった り、不便きわまりない場所である。昨年に続き、旅先でブログアップという目標が達成できなかったのが残念だ。

が、何はともあれ無事帰国できた。
無事帰国できたことをマジで感謝したい。
けっこうヒヤヒヤな出来事の連続だったのだ今回は。

くわしくは函館に戻ってからにしよう。
まずはこれから羽田空港へ向かう。
昼飯は麹谷の四川餃子房かなやはり。

成田空港にて

成田空港第1ターミナルに着いたのは8時半頃。今、出国手続きを終え、搭乗ゲート近くのロビーでキーボードを叩いてる。
時刻は10時15分になったところ。搭乗開始まで後45分だ。

チェックインカウンターで、定刻より15分早い出発──11時40分を告げられる。
やはり搭乗の4時間前にホテルを出発して正解だった。飛 行機に限った事ではないが、搭乗には少々間が空くくらいがちょうど良い。ぽっかりと空いた時間をぼんやりと過ごすのも悪くないし、電源とネット接続が確保 できるなら、ブラウジングもメールチェックも、このようにブログアップもできる。
もっとも、これじゃ普段の生活と何も変わらず、はっきり言って旅の醍醐味のひとつである漂泊感(時間と空間を漂っている感覚。漂白ではない。)は皆無だが。

エバー航空の機材がボーディングブリッジを離れた。34番ゲートにはいつの間にかトルコ航空のB777が到着している。トルコ人と思しきクルーたちが搭乗カウンター付近にたむろしているのが見える。
それにしても、USBケーブルを持ってくれば良かったなあ。そうすれば、この慌ただしくも手持ち無沙汰な、喧噪と静寂を併せ持った空間を写真に撮ってアップできたのに。

正直、成田空港で快適にネットが、しかも電源を確保しつつ使えるとは考えてもいなかった。過去何度もチャレンジしたが、Wi-Fiにつながった事は 一度もない。これでシャルルドゴール空港のように、ロビーの椅子にコンセントがついていれば最高なのだが。こうして後ろの柱の根元のコンセントから電源 ケーブルを這わせてる姿は電気泥棒に見えなくもない。が、まあこれで良しとしよう。

見渡すと、ポツポツと搭乗客たちが集まってきた。圧倒的に日本人が多く、初めてのイスラム圏行きだっていうのに、あたりはまるで羽田空港だ。旅行中、可能な限りのブログアップ国内編はひとまずこれで終わる。間もなく搭乗が始まるだろう。次の更新はイスタンブールだな。

いざトルコへ

台風一過の成田は、昨日と打って変わって快晴。涼しいよりむしろ肌寒い、立派な秋空である。さて、これから成田空港へ向かう。昼にはいよいよイスタブールへ飛び立つわけだ。
正直身体の調子がイマイチだが、まあなんとかなるだろう。
今までもなんとかしてきたんだから。
さて、いざトルコへ!

やっぱり成田は遠いと思った

自宅を出たのが10時過ぎで、ホテルのある成田駅に着いたのが16時半頃。ちなみに、函館から羽田空港は1時間半弱だが、羽田空港から成田駅までは 2時間ほど。しかし、成田空港にたどり着くのは明日の9時前であるから、函館から成田空港までは実質23時間かかることになる。

いつもいつも思うのだが、日本を代表するこの国際空港のアクセスの悪さときたら半端なものじゃない。特急とは名ばかりの通勤電車にゆられ、ようやく たどり着いた駅(京成成田)には相変わらず下りエスカレーターはなく、ずっしりと重いキャリーバッグを抱え、長い階段をえっちらおっちらと降りる。これが 日本一の国際空港を有する街、成田の日常って何かおかしいだろこのヤロー。などとぼやきつつ、ようやく降りきった階段の先で、ヒスパニックらしきご婦人の 一群が、ノリノリで記念撮影なんぞをしていたりする。ふと気がつくと英語やらドイツ語やらエスパニョール語やら、日本語以外の言語が、こんな一見辺鄙な駅 前に飛び交っていたりして、実際のところ妙にインターナショナルなんだよなあ、不便なくせして。

まあ、その一方で電車は安いし(エアポートリムジンバスの半額以下)、駅前には餃子の王将もあるし、インターナショナルなくせにスゲー田舎くさい し、実は、けっこう成田(駅前)が好きだったりするのだが、それは秘密にしておきたい。アクセスの悪さがこの街の魅力を生み出しているとか、そんな、かつ ての成田闘争の結果を肯定するかのような態度は厳に慎むべきだろう。三里塚闘争のおかげで餃子の王将に通えますありがとうとか、おかげで海外旅行の楽しみ が一つ増えましただとか、そんな埒もない事をお気楽に言うべきではないのだ──言ってしまったが。

何にせよファーストステージはクリアした。
明日に備え、風呂に入ってビールも飲んだ。
あとはウィスキーを飲んで酔いつぶれて眠ることにしよう。

気がつけば出発が迫っている

気がつけば9月も24日を過ぎていた。あと数日でトルコというか、イスタンブールを訪れる。なのに、あまりテンションが上がらない。計画は骨格を作ったままで放置。荷造りは全然手をつけていない。(これ終わったらやろう)

行って、喰って、寝て、ぶらついて、帰ってくるという最低限の生命維持シークエンスは確保しているものの、いつ、どこへ、どうやって、何を、どうするのか、という日々のスケジュールがほとんど手つかずのままなのだ。

ああどうしようという焦りでもあればテンションも上げざるを得ないのだが、計画はさっぱり進まない。たぶん断言してもいいが、計画が決まるのはイス タンブールについてからだと思う。街をぶらつきながら、どこに行こうとか、何を見たいとか、しようとか、食べたいとか考えて、知り合いに教えてもらったエ ジプシャンバザールのオッサンにいろいろ伺いながら、それからようやく計画を立てるのだ。
うん、もはや計画とは言えないな。

それにしてもなぜイスタンブールなのか?

今年の初めに思い立った、その理由を正直あまり憶えていない。
一番の理由はTV番組で見たガラタ橋のサバサンド。これは今でもはっきりと憶えている。
二番目は、おそらく同じくTV番組で見た黒海のイワシピラフ。イワシというか黒海の漁師町を見たいと思ったのかも知れないが、今では良く憶えていない。
三番目は同じくドルマ(ロールキャベツのようなもの)。しかし、キョフテ(肉団子)だったかも知れないし、ケバブだったかも知れないが、なんだか全くどうでも良いことに思える。
それにしても、たいがいに禄でもない理由である。

ちょうど昨年の今頃、ワタシはポーランドに向かっていたところだ。その時は、「死ぬ前に何が何でもアウシュビッツを訪れたい」という、揺るぎない情熱というか衝動というか思い込みというか、名状しがたい推進力を内に感じていたのだが。
それが今年はサバサンドだ。

クラクフ行きインターシティの車内
2012年9月j25日 ワルシャワからクラクフへ向かうインターシティのコンパートメントにて

だが、ことさら旅に意味やら意義やらを見出す必要など、誰にもどこにもないのかも知れない。何かを得るための道筋をたて、お膳立てをきっちり用意し、巡礼者のように「聖地」を巡るのも旅なら、異国の街を薄ボンヤリと日がなブラつくのも旅なのだ…たぶん。

などと言いつつ、実は確固たる目標がひとつある。それは当ブログの、旅行中のリアルタイム更新だ。ポーランドで昨年果たせなかったそのリベンジであ る。というか、ポーランド初日にして、紛失だか盗難だか分からないがMacを失い、クレジットカード、バンクカード、ショッピングサイトアカウントその他 もろもろ失効し、薄氷を渡るが如き旅を続けた悪夢を上書きして払拭したいという、二年越しの悲願とも言えなくもない。
旅先のブログアップに執念を燃やすのもどうかと思うのだが…。

僅か一週間だが、イスタンブールという重厚な歴史を持つ街のアパートの一室で、暮らすように過ごしてみたい。今回の旅のテーマをあげるとしたら、まあそんなところだろう。

つまるところやっぱりサバサンドなのかも知れない。